「土俵にあがりたい」その目的は女性の尊厳を取り戻すため。

こんにちは、もにか(@monimonica_san)です。

能町みね子さんの相撲の女人禁制について書いたこのブログ
おそらく相撲愛があふれ過ぎてこういうトゲだらけの表現になったんだと思うし、もしかしたらめちゃめちゃ嫌なツイートを見たとかかもしれないし、あんま批判したくないんだけど、少しだけ。

 

宝塚市長について書いた部分は、彼女に対してとても失礼だと思う。

歓迎の挨拶で「土俵に上がれなくて悔しい」とまで言い出して、煽情的に過ぎる。

 

去年も宝塚巡業やってるけど、そのときは別に上がろうと思わなかったわけでしょ。舞鶴市長の事件が報道されたから、急に「私も上がりたい」って思ったわけでしょ。目的はない、とにかく上がりたい、ってことでしょ。

相撲が利用された!みたいに感じてるのかなと思うけど、これは失礼だよ。
「自分が女性だからという理由であがれなかった、それが悔しい」とはっきり表明することのどこが煽情的なんだろうか。当たり前のことだと思う。

去年のあいさつのときのことについては、”当時は「そういうものか」と思って受け入れた。”と述べていたと朝日新聞の記事で報じられています。
今回の舞鶴の件で「なんで女性はあがれないんだ!」っていう声がたくさん集まったことで「たしかに、これはおかしいことなんだな」と思いなおしたということではないだろうか。

“目的はない、とにかく上がりたい、ってことでしょ。”という指摘については、目的は女性の尊厳を取り戻すことでしょう。尊厳を取り戻すために、土俵の上にあがりたいということでしょう。

そういう意味では、私は能町さんが提案している「相撲に関わる者以外を上がらせない」というのはそれはそれでいいんじゃないだろうかと思います。でも、もしその解決策をとるのだとしても相撲協会には今まで女性を排除してきたことについてはちゃんと向き合ってほしい。

だって今まで男性はあがれたのに「じゃあもう全員だめ!これで帳消しね!オールオッケー!」じゃあおかしいでしょう。

彼女のブログ冒頭の”けったいで野蛮なスモーとかいう裸踊りには何の興味もないが〜”あたりから感じるのは、「相撲に興味もないくせに、ただただ相撲協会のおっさんたちが気に喰わないから叩きたいだけ」の人たちへの嫌悪感だ。

うーん、何か嫌なツイートみたのかもしれないなー。

でもこの問題は相撲に興味がない人にもおおいに関係ある問題なんですよ。なぜなら、相撲はテレビで放送までされる人気競技で、しかも国技とまで言われているものだからです。

そんじょそこらのちっっさいスポーツサークルが「女人禁制!」って勝手にやってるんだったら、「まぁ、勝手にやってれば」でもいいかもしれない。

でも相撲は違うでしょう。大きな影響力ももっている。

もし今回相撲協会が「女性差別/女性排除」の精神に向き合わず逃げ切るつもりなら、もう国技であり続けられる理由はないと思う。

私は相撲にそこまで興味はない。正直なことを言ってしまえば、神事だとか聖域だとかいわれても、「そんなこと勝手に言われましても…」と思う。

でも、格闘技としておもしろいなと思っているからもったいないなと思う。
個人的な話になってしまうけど、私は以前まで肩に脱臼癖があった(手術で治した)ので、脱臼したときの痛みがどれほどのものか知ってる。だから千代の富士のあの名試合の動画をみたときはすごく感動した。

私は身長が150cmないのだけど、小さいながらも技で魅せる力士たちが戦っている姿を観るとそれが誰か分からなくても心が躍る。

だからちゃんと今、向き合ってほしい。
相撲の女人禁制は、どんな背景があってそうなったのだとしてもそこに流れる精神は明らかに「女性排除」であり「女性差別」だ。

今が変革のときではないだろうか。